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名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)2228号 判決

原告

辻アイ子

ほか二名

被告

近藤一夫

主文

一  被告は

1  原告辻アイ子に対し金六〇八万五、〇七四円及び内金五五三万五、〇七四円に対する

2  原告辻浩に対し金一、〇三〇万〇、一四九円及び内金九三七万〇、一四九円に対する

3  原告勝野敏哉に対し金七六万二、九三七円及び内金六九万二、九三七円に対する

いずれも昭和五五年五月二三日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は

1  原告辻アイ子に対し金一、一一二万円及び内金一、〇四二万円に対する

2  原告辻浩に対し金二、〇一四万円及び内金一、八八四万円に対する

3  原告勝野敏哉に対し金一四五万円及び内金一三七万円に対する

昭和五五年五月二三日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

(請求の原因)

一  事故の発生

1  日時 昭和五五年五月二三日午前〇時五分頃

2  場所 愛知県津島市青塚町字青塚前六五二番地の一地先県道青塚―永和線路上

3  加害車 訴外近藤隆夫運転の普通貨物自動車(名古屋45み九三三〇号)

4  事故の態様

訴外亡辻健二郎と原告勝野の両名が右道路の路肩部分を北から南に向つて歩行中、同所は水銀灯が設置された横断歩道附近で見通しの良い場所であるのに、折から酩酊した隆夫の運転する加害車が南進し来たり、猛速、ノーブレーキの状態で右両名の後方から衝突し、両名を跳ねとばした。

5  これによる受傷等の内容

(一) 辻健二郎 脳挫傷、脳内出血等により同日午前一時二五分死亡

(二) 原告勝野 頭・頸部挫傷、腰部・肘部挫傷

二  責任原因

被告は保有者として加害車を自己のために運行の用に供していた。

即ち、被告は本件交通事故当時、訴外近藤あい、同隆夫と同居して農業兼園芸業を営み、加害車をその事業に使用していた。

三  損害の発生

1  原告アイ子、同浩の損害

(一) 亡健二郎の損害の相続分

(1) 逸失利益 金二、五二七万円(万円未満切捨)

亡健二郎は生前クリーニング職人として働き、本件交通事故当時訴外牛田利雄から一ケ月平均二〇万円の給与を受けていた。同人を含めて妻子と三人家族であつたから本人の生活費六万円を控除した一四万円の一二ケ月分計一六八万円に、死亡時年齢四四歳の就労可能年数二三年、これに対応するホフマン係数一五・〇四五を乗じて算出

(2) 慰藉料 金二、〇〇〇万円

亡健二郎は一家の主柱として、最近長期ローン付で住居を新築したばかりであり、一人息子である原告浩(一七歳、高校生)の成長を楽しみに日曜、祭日はもとより平日の勤務時間外も一ケ月平均五万円程度のアルバイト収入を得るため水道工事手伝い等して働き通し、営々として家庭造りに励んで来たもので、身体も壮健で平和な日々を送つていた。それが隆夫の一方的過失により一瞬にして烏有に帰したのであるから、精神的損害は甚大であり、これを金銭によつて慰藉するとすれば金二、〇〇〇万円と評価するのが相当である。

(3) 損益相殺及び相続

右(1)、(2)の合計は四、五二七万円となるところ、健二郎の相続人である原告両名は先に自賠責保険金二、〇〇〇万円を被害者請求により取得したので、これを差引いた二、五二七万円につき法定相続分により按分すると健二郎の妻である原告アイ子(三分の一)につき金八四二万円、子である原告浩(三分の二)につき金一、六八四万円(いずれも万円未満切捨)となる。

(二) 原告両名の固有の損害

(1) 慰藉料 各金二〇〇万円

一家の主柱であり、夫であり、父であつた健二郎を隆夫の酩酊運転という一方的過失により突然失つた原告両名の精神的損害は甚大であり、賠償問題を放置した事故後の被告の不誠実な態度は原告両名の右精神的苦痛を増加させるものであつた。これが慰藉料は各金二〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用

被告の不誠実な態度は原告両名に訴訟による解決を余儀なくさせた。訴訟追行手続の専門性に鑑み、原告両名の選任した弁護士に対する費用、報酬は少くとも原告アイ子につき金七〇万円、原告浩につき金一三〇万円を下らない。

(三) よつて被告は

(1) 原告アイ子に対し金一、一一二万円(八四二万円十二〇〇万円十七〇万円)及び内金一、〇四二万円に対する

(2) 原告浩に対し金二、〇一四万円(一、六八四万円十二〇〇万円十一三〇万円)及び内金一、八八四万円に対する本件事故の日である昭和五五年五月二三日から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

2  原告勝野の損害

(一) 治療経過と治療費

(1) 治療経過

同原告は受傷後直ちに井桁病院の応急措置を受け、津島市民病院へ転医し昭和五五年五月二三日から同年六月二日まで入院し、退院後同年八月八日までに五回同病院に通院した。

(2) 治療費 合計金七万五、二二〇円(内訳左の通り)

イ 井桁病院通院分金四万〇、七四〇円(文書料を含む)

ロ 津島市民病院通院四回分金三万四、四八〇円

(二) 時計修理代 金八万〇、五〇〇円

本件交通事故のシヨツクにより、当時同原告が装着していたウオルサム腕時計一個(購入価額約一二万円)が破損し、この修理に要した。

(三) 逸失利益 金二二万円

同原告は訴外丸洋住宅株式会社へ建築工事の現場監督として勤務しており、本件事故前一年間の給料総収入は金三七一万〇、二〇〇円であつた。これを日収に換算すると一万円を下らず、同原告は本件事故当日から同年六月一三日まで二二日間欠勤したので合計金二二万円相当の給料を失つた。

(四) 慰藉料 金一〇〇万円

本件事故は前記の如く隆夫の一方的過失に基づくものであり、被告に示談解決の誠意のないこと、入院一一日を含む安静治療のため二二日間欠勤したこと、今なお打後遺症のため執拗な肩凝りと立ち眩みに悩まされ、将来いつの時点で快癒するか予測できず、これに伴つて相当程度の労働能力喪失を来たしていること等諸般の事情を勘案して同原告の精神的損害を金銭によつて慰藉するとすれば金一〇〇万円と評価するのが相当である。

(五) 弁護士費用 金八万円

原告辻両名について述べたと同様の理由により原告勝野はその追行に専門知識を要求される本訴を提起せざるを得ず、同原告は弁護士を選任した。その費用、報酬は金八万円を下らない。

(六) よつて被告は原告勝野に対し右(一)ないし(五)の合計金一四五万円及び右元金より前記弁護士費用金八万円を控除後の元金一三七万円に対し本件事故の日である昭和五五年五月二三日から完済まで前同率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(請求の原因に対する答弁及び抗弁)

一  請求原因一項の事実は不知、同二項は否認する。同三項は不知。

本件加害車は被告の息子である亡隆夫が自己使用の目的で購入したものであり、保有者は右隆夫である。同人は被告の家業としている農業を手伝つただけでは現金収入がないため、家業とは別個に自ら現金収入を得るため庭師(造園業)の手伝いをしており、庭木の運搬等に使用する目的で中古の貨物トラツク(加害車)を十数万円で購入した。被告は軽免許のみを有し、ダイハツの軽四輪車を保有し農業用に使用していた。従つて被告は加害車を使用したこともない。被告は本件事故後になつて右加害車の使用名義人が隆夫でなく被告名義となつていることを知つたが、それは隆夫が車購入にあたつての車庫証明の関係で車を置く土地の所有名義人である被告の名義の方が都合がよいと売主が勝手にしたものであるということであつた。

二  仮定抗弁

1  本件事故については被害者側にも過失があつた。即ち本件事故発生当時亡辻健二郎、原告勝野らは酒に酔つて車道の左側をフラフラと歩いていたものである。同人らがもし法規に従つて歩道を或いは右側を歩いていたとすれば本件事故は発生していなかつた。従つて右被害者らの過失も競合しているので、損害額の算定にあたつては大きく斟酌されるべきである。

2  本件事故を苦にして前記隆夫(当時三四歳)は二日後の昭和五五年五月二五日、被害者やその遺族に宛て謝罪の意を記した遺書を残して自殺した。これによつて原告らの主張する慰藉料請求権は弁済ないし相殺され、消滅したものというべきである。

3  本件原告らの被害は強制保険で相当額まかなわれている。

(仮定抗弁に対する認否)

被告の息子である亡隆夫が被告主張の日に自殺した(同人は妻子なく独身であつた)事実、強制保険による給付があつた事実を認め、その余は否認する。

証拠〔略〕

理由

一  いずれも成立に争いのない甲第一、第三、第五、第七、第一四、第一五号証、原告辻アイ子(措信しない部分を除く)、同勝野敏哉各本人の供述を総合すると、事故の態様を後記のとおり認定する他、請求原因一項の事実を認めることができ、右認定を妨げるに足りる措信すべき証拠はない。

前掲甲第一四、第一五号証によれば本件事故の態様は次のとおりである。

本件道路はアスフアルト舗装部分の巾員八・四メートル、中央に黄色ペイントでセンターラインが引かれており、両側には各巾員〇・五メートルの路側帯が一条の外側線によつて設けられていた。本件衝突は水田地帯を南北に切つて走る右道路の南行車道上で発生した。衝突地点(北方に位置する精養軒からの距離約一五〇メートル)の南五・七メートルには停止線が引かれ、その先には本件道路と斜に交叉する用水の右岸堤防上道路のための横断歩道が設けられ、その横断歩道の東北端に照明灯が設置されている他照明はない。精養軒での飲酒を終えて帰途についた亡辻健二郎及び原告勝野の両名は(当時同じく帰途についた原告アイ子は先行していた)右南行車道上外側線から内側一ないし一・五メートル付近を南に向い、亡健二郎が内側を原告勝野が外側線寄りを、横に一列になつて走行していた。そこへ後方(北方)から亡隆夫が加害車を運転し、右道路の制限速度(四〇キロメートル毎時)前後の速度でセンターライン寄りを走行し、接近し、前記被害者両名をその直前(加害者前部より被害者両名までの距離約三・二メートル)で漸く発見し、慌てて急制動の措置をとると共にハンドルを右に切つて避譲しようとしたが及ばず、自車左前部を右両名に衝突させ、亡健二郎については加害車前部に乗せた恰好で約一四・八メートル進行して停止し、同人をその約三メートル前方の路上(北向車道上)に転倒させた。原告勝野については前記衝突地点より右斜前方約一三メートルの南行車道上に転倒させた。亡隆夫は精養軒での飲酒の直後加害者を運転して本件事故を惹起したものである。

二  成立に争いのない甲第一七号証、証人伊藤鎮隆の証言により成立を認める甲第一三号証、証人伊藤鎮隆、同山田春美の各証言及び被告本人の供述(措信しない部分を除く)を総合すると次の事実を認めることができる。

加害車は昭和五二年暮訴外有限会社佐織自動車販売から中古車を月賦販売された車で亡隆夫が専ら運転した車であるが、その登録事項等証明書によると使用者は被告名義となつており、被告の屋敷内をその駐車、保管の場所とし、同車の税金は被告が支払つていた。被告は軽免許しか有せず、自分が専ら運転する車としては別に軽四輪車を保有していた。被告は農業及び植木の栽培を業としており、亡隆夫は被告の四男で当時三四歳にもなつていたのに未だ独身であり、ここ五年来被告方に同居し、時に小遺銭稼ぎに他人に頼まれ庭師等の手伝をする他家業の手伝をしていた。加害車は隆夫が右アルバイト及び家業の手伝いをする際に使用した。被告の家にはもう一台中古の乗用車クラウンがあつて、亡隆夫が遊びに乗廻していたが、その車の所有名義も被告となつていた。隆夫は生前他人に対しこのクラウンを「自分の車」、加害車を「家の車」といつていた。

右認定事実によると加害車の保有者は被告であると認めるのが相当である。

三  損害

1  原告アイ子、同浩の損害

(一)  亡健二郎の損害の相続分

(1) 逸失利益

証人牛田利雄の証言及び同証言により成立を認める甲第四号証によれば亡健二郎は生前クリーニング職人として働き、右牛田から受けた本件交通事故の一年前の給与、賞与の総額は金二三八万円であると認められ、成立に争いのない甲第三号証及び原告辻アイ子本人の供述によれば亡健二郎は当時四四歳で妻子を含め三人家族であつたことが認められるから、本人の生活費と認める三〇パーセント相当の金七一万四、〇〇〇円を控除した金一六六万六、〇〇〇円に就労可能年数二三年、これに対するホフマン係数一五・〇四五を乗ずると同人の逸失利益の死亡時の現価は金二、五〇六万四、九七〇円となる。

(2) 慰藉料

原告辻アイ子本人の供述によれば原告が亡健二郎の慰藉料を算定するにつき斟酌すべき事情として述べた事情をすべて認めることができ、これを金銭によつて慰藉するとすれば金一、二〇〇万円と評価するのが相当である。

(3) 過失相殺

右(1)、(2)の合計は三、七〇六万四、九七〇円となるところ、先に認定した本件事故の態様にかんがみ過失相殺として右金額よりその一五パーセントを減ずるのが相当であり右過失相殺後の損害額は金三、一五〇万五、二二四円(円未満切捨)となる。

(4) 損益相殺及び相続

健二郎の相続人である原告両名が既に自賠責保険金二、〇〇〇万円を被害者請求により取得したことはその自陳するところであるから、これを差引いた一、一五〇万五、二二四円につき法定相続分により按分すると健二郎の妻である原告アイ子(三分の一)につき金三八三万五、〇七四円(円未満切捨)、子である原告浩(三分の二)につき金七六七万〇、一四九円(円未満切捨)となる。

(二)  原告両名の固有の損害

(1) 慰藉料

これまでに認定した一切の事情を考慮すれば亡健二郎を本件事故によつて一瞬にして失つたことによる原告両名の慰藉料は各金一七〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用

この種訴訟手続の専門性に鑑み、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用は原告アイ子につき金五五万円、原告浩につき金九三万円であると認める。

2  原告勝野の損害

(一)  治療経過と治療費

いずれも成立に争いのない甲第五ないし第七号証、第八号証の一ないし四並びに原告勝野敏哉本人の供述によれば請求原因三項2(一)(1)、(2)の各事実を認めることができ、かつ、右損害(治療費合計金七万五、二二〇円)は本件交通事故と相当因果関係があるものと認める。

(二)  時計破損による損害

原告勝野敏哉本人の供述及び同供述によつて成立を認める甲第九号証の一、二によれば本件交通事故のシヨツクにより当時同原告が装着していたスイス製ウオルサム腕時計(購入価額一〇万円少し)が破損し、これを修理するとすれば金八万〇、五〇〇円を要すること、しかし、右修理費の内訳はその大半がケース、ガラス等の取替部品の価格によつて占められていること、右時計の破損直前の価額は右購入価額の半額程度のものであることが認められる。右事実によれば本件交通事故と相当因果関係に立つ損害は金五万円とみるべきものである。

(三)  逸失利益

原告勝野敏哉本人の供述及び同供述によつて成立を認める甲第一一号証によれば請求原因三項2(三)の事実を認めることができ、かつ、右損害(金二二万円)は本件交通事故と相当因果関係があるものと認める。

(四)  慰藉料

右認定の諸事実に加えて成立に争いのない甲第一六号証の一、二及び原告勝野敏哉本人の供述によつて認められる同原告が今なお本件交通事故の後遺症として執拗な肩凝り、立ち眩みに悩まされている事実を考慮すると本件傷害による慰藉料は金四七万円と評価するのが相当である。

(五)  過失相殺

原告にも亡健二郎と同程度の過失が認められるので被告に負担させるべき損害は右(一)ないし(四)の金額合計八一万五、二二〇円よりその一五パーセントを減ずるのが相当であり、右過失相殺後の損害額は金六九万二、九三七円となる。

(六)  弁護士費用

この種訴訟手続の専門性に鑑み、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用は金七万円であると認める。

四  被告の仮定抗弁1・3は既に斟酌ずみであり、同2の主張の事実は本件原告らの損害賠償請求権を滅殺ないし消滅せしめるに足りる事由とは認め難く、同主張は採用できない。

五  結論

よつて被告は原告辻アイ子に対し前記三、1・(一)、(4)の金三八三万五、〇七四円、三、1・(二)(1)の金一七〇万円、及び三、1・(二)(2)の金五五万円を合算した金六〇八万五、〇七四円及び内金五五三万五、〇七四円に対する本件事故の日である昭和五五年五月二三日から同金員の完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、原告辻浩に対し前記三、1・(一)(4)の金七六七万〇、一四九円、三、1・(二)(1)の金一七〇万円及び三、1・(二)(2)の金九三万円を合算した金一、〇三〇万〇、一四九円及び内金九三七万〇、一四九円に対する前同日から完済までの前同率の遅延損害金を、原告勝野敏哉に対し前記三、2・(五)の金六九万二、九三七円及び三、2・(六)の金七万円を合算した金七六万二、九三七円及び内金六九万二、九三七円に対する前同日から完済までの前同率の遅延損害金を各支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分を失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担、仮執行の宣言につき民訴法八九条、九三条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田宏)

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